高齢者が多くなって、認知症はとても身近な病気になってきました。当院でも「物忘れがすすんだ」「つじつまのあわないことを言う」などの訴えで、家族につきそわれて受診される方が定期的にいます。
認知症と診断された患者さんの家族には
「忘れたことや困った行動を本人にガミガミ言っても、言われた内容は全部忘れます。でも感情の記憶はやられないので、例えあなたが家族ということを忘れても『この人は自分にうるさいこと言う人だ』という敵対的な気持ちだけは残ります。その気持ちが、より家族にとって困った行動につながります」
と説明しています。
「だから、家族がいつも笑顔でいるための根気が、とても必要な病気なんですよ」
と。
でも、いつものようにそう説明しながら、ふと思いました。
「でも、これは認知症の患者さんに対してだけでなく、普通の家族や職場など、すべての人間関係についても同じことが言えるよなぁ、、、」と
ある心理学の有名な研究で、人が他人から受け取る情報は、話す言葉の内容が7%しかなく、あとの情報は、顔の表情55%、声の質・大きさ・テンポなどが38%、である、という結果があります。
つまり、人のコミュニケーションで、言葉としてうけとる情報は1割以下で、あとは感情表現、というわけです。
この結果、難しく考えず、自分の生活を振り返ってみると、何となく直観でも「そうだな」と納得できます。赤ちゃんに話しかけるとき「言葉を理解している」と思って話しかける大人は誰もいません。おそらく自然に、声をはっきり、表情豊かに、目を見て、笑顔で、話しかけるのではないでしょうか。これは、情報として赤ちゃんに伝わるのが(言葉に伴った)感情表現である、ということを、動物的に感じているからなのだと思います。
大人になると、なまじ言葉を覚えてしまうために、そうした感情表現の力、を忘れていくのかもしれません。逆に認知症になって、記憶や言葉を失ってくると、感情を受け取る力や感情表現がより強くなってくるのでしょう。そう考えると、認知症患者さんも、たしかに身近で接する家族にとっては大変なことや悲しいと感じることもあるかもしれないけれど、一方でとても心が豊かな人たちであると思えます。
ぜひ、赤ちゃんや認知症の患者さんの感情を受け止め表現する力を、感じて見習っていきたいと思います。